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2007/04/26

「卒業論文 → 卒業プレゼンテーション」な未来

「卒業論文」

定義 : 大学(短期大学を含む)及び高等専門学校に所属する主に最終学年の学生が、その最終学年の一年間を通しておこなう卒業研究の成果として提出する論文の事。(Wikipedia : 「卒業論文」より)


インターネットがこんなにも普及する以前は、研究対象に合った文献を探すだけでも一苦労だったんだろうけど、IT革命が生み出したこの情報インフラによって、僕らは四角い枠に適当にキーワードを入れるだけで、研究に必要な情報が瞬時に検索できるようになった。そして、コピー&ペーストという魔法を使うことによって、僕らは簡単に数千文字の文章をオリジナルのフォーマットに書き写すことができるようになった。つまり僕ら学生にとって、研究目的に沿った長い文章を作ることは、パソコンが学生の必需品となる以前に比べて、圧倒的に簡単な事になっている。


ということは、最終学年1年もいらないんじゃん。卒論書くのに♪


でも一方で、IT革命は「論文」とは別の作業を僕ら与えている事に気がつく。それが「プレゼンテーション用スライドの作成」。あまりIT革命以前の学生の卒論発表について知らないのに、調べもせず書くのは少し気が引けるけど、今の学生は昔の学生と比べて、「研究した内容を、適切な手段を用いて他者に伝える」事がより強く学校で求められてるんじゃないかなぁと思う。そしてそこには、ある特定のテーマに対して深く研究する事と同等、もしくはそれ以上の能力が求められるんじゃないかなぁと、そう考える。大量の情報がこれだけ簡単に手に入る時代、今後学生の評価方法は、テキストベースの「論文」から、5感を最大限に活用した「プレゼンテーション」へと、その比重が変化していくんじゃないかなぁと、ふと思った。


「卒業論文」 から 「卒業プレゼンテーション」 へ


そしてGoogle が、「Google Scholar」 の次世代版として、「Google Presentation」 って名前のPowerpoint検索サービスを立ち上げたりして。で、個人的にはその周辺に面白いビジネスチャンスがあるんじゃないかなぁと思ったり♪


なんちゃって、、、

5 件のコメント:

Unknown さんのコメント...

miky、卒業論文と言っても、
情報集めて、自分で考えて
文章書く世界だけじゃないんだよ。
研究には、いろんな種類があるから
特に、理学系の研究と言うのは
1年あっても足りない、
2年、3年かけて試行錯誤するなんてざらです。

プレゼンは確かに必要だね。
華やかなプレゼンによって、
人に的確にわかりやすく説明することは可能でしょう。
ただ、
プレゼンでだます、
だまされるなんてのもあるんじゃないかな??
単にコピー&ペーストに終わらない
結論の重要性、
論文の本質をもう一度再確認すべしとも思う今日この頃です。

Unknown さんのコメント...

激しく同意です♪

理学系とこんちゃんが言ってる、数年、数十年かけて研究をおこなう世界もあるだろうし、自己表現を人生かけて追及する芸術の世界なんかもあるだろうね。そんな世界を、人生の中での一期間である学生生活に当てはめ、ましてや単純に「卒業」という括りで、全ての分野の評価基準をまとめる事なんてできないよね。

ただ、パソコンが一般化して、子供からご年配の方まで簡単にたくさんの情報を共有できるようになったことは多分事実だし、それによって数万~数十万字の文章や、立体的に描かれた棒グラフなんかも過去との比較として考えた場合に、容易になってることは明らかじゃないかなぁと思うんだよね。

そうした流れの中で、教育機関を通じて学んだ事を評価される基準っていうのが、少なからず「研究内容を主として文章にまとめる」ことに限らず、「それらをどのようにして伝えるか」という部分まで考えるようになることが求められてるんじゃないかなぁと言えないかななって。そんな考え方を、学生をはじめ研究者の人々が持つようになることで、学校や会社の中で埋もれていた思想や技術が比較的容易に他の分野の学生・専門家に伝わることで、価値の発見・育成に繋がるようになるんじゃないかと。

ただ、それは研究の本質を追及することには変わらないよ。

だって、研究の本質を前提として、評価基準としての「情報伝達」に対して価値の比重が高くなるんじゃないかなって事なんで。



って、こんなタラタラと文章長くなってごめん。ほんと自分って情報伝達能力が欠けてるなぁと思うよ。(汗) 

Unknown さんのコメント...

maikyの言うプレゼンなどの表現ツールを
評価の対象に加えるというのは、既に始まっていると感じます。
実際に、大学院への入学試験など
プレゼンの評価が加えられているなど少しずつとは言え動いている(母校)
今後は、学者も単に自己満足で研究するだけでなく
それを外に出すことを努力するべしという背景の表れだと思う。
maikyの意見には賛成なんです。。。
ただね、それに偏重するのは危険だなというのが個人の意見です。
あくまで中身にこだわって欲しい
というのが僕の希望だったりするんですよね。

やっぱmaikyとは語りたいですねぇ
いろんな話が聞けて楽しいです。
ではまた。

Unknown さんのコメント...
このコメントは投稿者によって削除されました。
Unknown さんのコメント...

>ただね、それに偏重するのは危険だなというのが個人の意見です。
>あくまで中身にこだわって欲しい
というのが僕の希望だったりするんですよね。
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だね。なんでも偏り過ぎるとよくない。バランスが大事だよね♪

新しい技術がどんどん生まれて、自分達の生活を取り巻く環境も日々変化してる。こんなふうに友達とインターネットを使って考えを共有したり、発展させたりできるのも、技術のお陰だと僕は思ってます。

そして、そんな世界中の人々のライフスタイルの変化を生み出すことのできる"技術"なら、こんちゃんの思う希望へと人々を導く"技術"も、これから生み出す事は不可能じゃないんじゃんとも思ってます。

ということで、こんちゃんの思う未来へと導いてくれるそんな"技術"を、是非"想い"から"カタチ"へと実現させてくれることを、僕は心から願ってます。


及ばずながら、そんな未来を創る為に自分にできることであれば何でもしますんで♪